Cafe Mindfulness by Sati

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ジャーナリング(書く瞑想)のやり方と効果を実例で紹介

ジャーナリング(書く瞑想)とは、紙にペンで自分の思考を書くことで、自分の思考を可視化し、客観視することの出来る瞑想だ。その結果、自分の思考の癖や思考パターンが明らかになることもある。

・ジャーナリングのやり方。

紙とペンを用意する。 頭に浮かんできたことをひたすら紙に書いていく。この際、ペンを走らせる手を止めないようにする。何も浮かんでこなくて、ペンを走らせる手が止まりそうになったら、「何も浮かんでこない」という意味のことを書く。 何分続けても良い。タイマーをセットするのも良い。書き終えたら、書いた文章を読んで、観察する。観察した結果、自分の思考と距離が取れたり、自分の思考の癖や思考パターンが明らかになったりする。ジャーナリング(書く瞑想)によって、「思考を可視化」する。「思考を可視化」することによって「思考を客観視」出来る。「思考を客観視」し、「観察する」ことで、思考と距離が取れたり、思考の癖や思考パターンに気づいたりする。

可視化 → 客観視 → 観察 → 観察結果

ネガティブな思考に囚われているマインドレスネスな状態では、思考と距離が取れておらず、思考とべったりくっついて、思考と一体化してしまっている。ジャーナリングによって思考を可視化し、客観視し、思考と距離を取り、マインドレスネスな状態から抜け出す。思考を客観的に観察し、その結果、先程述べたように思考の癖や思考パターンが明らかになることがある。書いている時、浮かんでくる思考をリアルタイムに客観的に観察しながら、マインドフルな状態になれる。更に思考は文字となり、可視化出来る状態となる。文字化された思考を読み返すことで、客観的に観察することが出来、自分の思考の癖や思考パターンが明らかになることがある。それらが明らかにならずとも、自分の思考を観察することにより、何か分かることがあり得る。

私はジャーナリングによって自分の思考の癖に気づくことが出来た。それを下記に記す。

・検証癖 これは私の心を21年に渡って苦しめていた思考の癖で、人から言われた悪口が事実かどうか、正しいかどうか、延々と検証してしまう癖である。この癖が明らかになってからは、考えるのをやめることが出来た。そのうちにこの思考の癖はだんだん出てくる頻度が減っていたのだが、精神的に調子を崩すと、再びぶり返した。調子が戻ってくると、出てくる頻度は再び減った。

・結論が出るまで延々と考えてしまう思考の癖
これは何か気になることがあると、結論が出るまで、白黒つけるまで延々と考えてしまう思考の癖だ。考えてしまうことは、どうでもいいことから自分の関心の高いことまで様々である。関心の高い分野の「分からないこと」に対する「答え」が出るまで延々と考え続けていることもある。検証癖と同じで、気づいてからは考えるのをやめることが出来るようになった。 これらふたつの思考の癖は似たところがあり、根っこの部分では同じだと思われる。結論や答えが出るまで、考えても分からないことを延々と検証し続けてしまうのである。心のモヤモヤを解決しようとしているのである。マインドフルネスの世界でよく言われる「ネガティブ・ケイパビリティ」も役に立った。これは「不確実性に耐える力」というような意味だ。分からないことがあっても性急に答えを求めず、心がモヤモヤした状態に耐える力だ。白黒つかない状態、灰色の状態でいることに耐え、答えを保留しておく力である。 「分からないことを分からないままにしておく。」「分からないことを考えず保留にする」。「答えや結論を手放す。」「分からなくてもいいやあ。」「答えに対する執着を手放す。」 ジャーナリングで良かった体験をもうひとつシェアさせていただく。ヴィパッサナー瞑想をやっている人にしか分からない話だが、ある日、私は瞑想中に妄想に囚われてしまっていた。サティが入らなかった。ジャーナリングしてみると、サティが入らない自分を情けないと思っていることが分かった。

「サティ入らなくてもまあいっかあ」

私はサティが入らないことを受け入れた。すると自分のことを情けないとジャッジしなくなった。自己受容することが出来た。